2025年、あなたの開発環境に、ただコードを処理するだけではないAIが常駐する時代が本格的に到来しました。もしAIが、あなたが提示したUIデザイン案を“見て”改善点を提案し、その意図を“汲み取って”新しいコンポーネントを“生成”してくれたら…?これはもう夢物語ではありません。マルチモーダルAIは、テキストと画像の壁を軽々と越え、多様な情報を統合的に理解し、創造する能力を獲得しつつあります。
この記事は、最前線で活躍するAIエンジニアのあなたのために書かれました。2025年6月現在、最も注目すべき4つのマルチモーダルAIファミリー――Googleのオープンな巨人Gemma 3 27B、医療の未来を切り拓くMedGemma、ByteDanceが放つ拡散モデルの刺客MMaDA、そして理解と生成の統合に挑むDeepSeek AIのJanusシリーズ――。これらのAIの「コアコンセプト」を深掘りし、「AIエンジニアがどう使うのか?」という実践的な視点から、その真価に迫ります。さあ、あなたのプロジェクトをネクストレベルへ導く“相棒”を見つけ出しましょう!
I. 四強激突!マルチモーダルAIの核心技術とエンジニア視点の活用法
まるで個性豊かな“エンジン”を搭載したマシンが性能を競うように、マルチモーダルAIもそれぞれ独自のアーキテクチャと得意技を持っています。AIエンジニアなら誰もが気になるその「中身」と「使いこなし術」を、徹底的に見ていきましょう。
A. Google Gemma 3 27B:汎用性とオープン性を兼ね備えた“怪物”
Google Gemmaファミリーの最新フラッグシップ、
Gemma 3 27B(270億パラメータ)。その名の通り、凄まじいポテンシャルを秘めたオープンモデルです。マルチモーダル機能、超長文コンテキスト対応、多言語サポートと、まさに“全部入り”。
1.Gemma 3を動かす技術の心臓部
Gemma 3の強さの秘密は、Gemma 2を磨き上げた革新的なアーキテクチャにあります。
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“慧眼”を持つ視覚:SigLIPビジョンエンコーダ 画像理解の鍵は、調整済み
SigLIPエンコーダ。画像を意味を持つ「ソフトトークン」として扱い、256次元ベクトルに凝縮することで効率化。「パン&スキャン」(P&S)方式により、多様な解像度・アスペクト比の画像にも対応する柔軟性が魅力です。エンジニア視点では、このエンコーダがどう画像を特徴量に変換し、LLMと連携するのかがチューニングのポイントになります。
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集中と俯瞰を両立:新アテンションメカニズム 長文読解の壁「KVキャッシュのメモリ爆発」に対処するため、
ローカルアテンション(スパン1024トークン)とグローバルアテンションを5対1で交互配置。この設計思想は、AIエンジニアが長大なシーケンスデータを扱う際のヒントになるはずです。
Grouped-Query Attention (GQA) とQK-normも、精度と速度の向上に貢献。
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圧倒的な“読書量”:128Kトークンコンテキスト Gemma 2の16倍、
最大128Kトークンというコンテキストウィンドウは、数万語の技術文書や数百枚の画像群を一度に処理できるキャパシティ。これにより、複雑な依存関係を持つタスクや、大量の参照情報が必要な応用が現実味を帯びてきます。
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言語の壁を越える力:140言語以上対応 Gemini 2.0由来の262K SentencePieceトークナイザと強化された多言語学習データにより、グローバルなアプリケーション開発が可能に。
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外部ツールとの“握手”:関数呼び出し(Function Calling) API経由で外部機能と連携できるため、AIをコアにした自動化システム構築の自由度が格段に上がります。
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賢さの源泉:新学習レシピと14兆トークン 知識蒸留に加え、数学・チャット・指示追従・多言語能力を特化させた新しい事後学習レシピで訓練。27Bモデルは14兆トークンものデータで学習されており、その知識の幅広さが性能の基盤です。
2. Gemma 3 27Bを“使い倒す”!実践TIPS
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プロンプトエンジニアリングの勘所:インストラクションチューニング版(IT版)は、画像入力時にはテキストと画像を交互に指定。システムプロンプトは明示的にはありませんが、ユーザープロンプト内で役割や追加指示を与えることで挙動を制御可能。長文コンテキストを活かすには、情報を構造化して提示したり、重要な部分を明示したりする工夫が有効です。
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ファインチューニングで“専用機”へ:特定ドメインへの適応にはファインチューニングが鍵。計算資源を抑えつつ高い効果が期待できる
LoRA(Low-Rank Adaptation)が推奨されています。GoogleがKeras、JAX、Hugging Face Transformers向けガイドを提供しており、これを参考に独自のチューニングに挑戦できます。
3. PDF/テーブル/動画分析:Gemma 3の現在地と活用のヒント
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文書知能(PDF/テーブル/レイアウト):「複数の複数ページの論文」処理や「文書理解」能力は、文書画像からの情報抽出に繋がります。特に画像からのテキスト抽出はPDF処理の基礎。複雑なテーブル構造やレイアウトの専用パーサーは搭載していませんが、視覚情報とテキスト情報を組み合わせることで、ある程度の対応は可能です。エンジニアは、外部OCRツールやレイアウト解析モデルと組み合わせるハイブリッドアプローチを検討すると良いでしょう。
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動画分析:「短い動画」や「マルチメディアトランスクリプト」の処理、フレーム単位での分析は可能です。しかし、高度な時間的理解や音声との統合は、モバイル特化の
Gemma 3nが担う領域。Gemma 3(非3n)で動画を扱う際は、動画をフレーム画像群とトランスクリプトに分解し、画像処理と長文テキスト処理能力を応用する形になるでしょう。
Gemma 3 27Bは、オープンソースでありながら商用利用も可能なライセンスと、Gemini 1.5 Proに匹敵する性能(特にIT版の数学・推論)で、AIエンジニアに広範な実験と応用の機会を提供します。
B. MedGemma:医療AI開発を加速する“専門医”
Gemma 3の堅牢なアーキテクチャを医療分野に特化させたのが
MedGemma。AIエンジニアがヘルスケアという重要かつ複雑なドメインで価値を創出するための強力なツールです。
1. MedGemmaの医療特化設計
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専門に応じた2つの“頭脳”:
MedGemma 4B:マルチモーダル対応(テキスト+画像)。画像診断支援など、視覚情報が鍵となるタスク向け。
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MedGemma 27B:テキスト専用。臨床記録の分析や医学文献からの知見抽出など、高度なテキスト理解・推論が求められるタスク向け。
“医療の目”を持つ画像エンコーダ(4B):胸部X線、皮膚科画像、眼科画像、組織病理スライドなど、多様な非識別化医療画像で特別訓練された
SigLIP画像エンコーダを搭載。これにより、一般的な画像とは異なる医療画像の機微な特徴を捉える能力を獲得しています。
“臨床知”を注入した学習:MIMIC-CXR(胸部X線とレポート)など、多数の公開・非公開の非識別化医療データセットで学習。LLM部分はこれらの画像に関連する医療テキストで訓練され、専門知識を深めています。
2. MedGemmaを医療AI開発に活かす活用術
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プロンプトエンジニアリングとインコンテキスト学習:少数の模範解答例(few-shot)をプロンプトに含めることで、ベースライン性能を向上させたり、モデルの応答傾向を調整したりできます。Redditの議論では、システムプロンプトでモデルの慎重すぎる応答(医療アドバイスへのためらい)を緩和できる可能性が示唆されています。
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ファインチューニングで“臨床グレード”へ:ベースモデルは「臨床グレードではない」ため、実用にはファインチューニングがほぼ必須。パラメータ効率の良い
LoRAが推奨されており、Colabノートブックも提供。LLMデコーダのみ、あるいは画像エンコーダとデコーダ両方のチューニングが可能です。脳MRIデータでのがん分類タスクのLoRAファインチューニングチュートリアルは、実践的な第一歩として最適です。
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外部ツールとの連携(エージェント化):Web検索機能、FHIR(医療情報交換標準)インタープリタ、Gemini Liveなどと組み合わせることで、より高度で実用的な医療AIエージェントを構築できます。
MedGemma 4Bは、マルチモーダル医療ベンチマークでベースのGemma 3 4Bを上回り、27BはMedQAで89.8%という高いスコアを記録。これらは強力な出発点となります。AIエンジニアは、これらのモデルを基盤に、特定の医療タスクに特化したソリューションを構築する上で、そのカスタマイズ性とオープン性を最大限に活用すべきです。
C. ByteDance MMaDA:拡散モデルが切り拓く理解と生成の“新次元”
TikTokを擁するByteDanceから登場した
MMaDA(Multimodal Large Diffusion Language Models)。画像生成で注目される
拡散モデルを基盤とし、テキスト推論、マルチモーダル理解、テキストからの画像生成を単一アーキテクチャで統合する野心的な試みです。Transformer以外の選択肢を模索するAIエンジニアにとって、非常に刺激的な存在でしょう。
1. MMaDAのユニークな設計思想
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“万物を溶かす炉”:統合拡散アーキテクチャ テキスト(LLaDAトークナイザ)と視覚データ(MAGVIT-v2画像量子化器)を、同じ離散トークンとして扱い、単一の「マスク化トークン予測」タスクで学習。モダリティ固有のコンポーネントを排し、設計をシンプルかつ強力にしています。このアプローチは、異なる種類のデータを統一的に扱う新しいパラダイムを提示しています。
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“思考の型”を学ぶ:混合長Chain-of-Thought(CoT)ファインチューニング 多様なタスク(テキスト推論、マルチモーダル推論、画像生成)に対し、統一されたCoT形式(思考の連鎖)で学習。これにより、モデルは単に結果を出すだけでなく、そのプロセスを理解・生成する能力を獲得します。
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“報酬による強化”:UniGRPO強化学習 拡散モデル専用の強化学習アルゴリズム「UniGRPO」で、推論力と生成品質をさらに磨き上げています。
2. MMaDAをマルチモーダル開発にどう使う?
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プロンプトの工夫:CoT学習の恩恵を受けるため、思考ステップを促すような構造化されたプロンプトが有効と考えられます。MMaDAのGitHubリポジトリにある推論スクリプトやプロンプト例が最初の取っ掛かりになるでしょう。
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タスクに応じたサンプリング戦略:テキスト生成には半自己回帰的ノイズ除去、画像生成には並列非自己回帰的サンプリングと、特性に応じた手法を使い分けることで、品質と効率のバランスを取ります。
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インペインティング/アウトペインティングへの応用:マスク化トークン予測という学習目標から、追加学習なしで画像の欠損補完や領域拡張が可能です。これは、画像編集やデータ拡張など、実用的な応用が期待できるユニークな強みです。
MMaDA-8Bは、テキスト推論でLLaMA-3-7Bを、画像生成でSDXLやJanusを上回ると報告されており、拡散モデルのポテンシャルを示しています。ただし、計算コストや特定のプロンプトへの過学習の可能性は、エンジニアが注意すべき点です。
D. DeepSeek AI Janusシリーズ:“二つの顔”で理解と生成を統合する
DeepSeek AIが開発する
Janusシリーズ。ローマ神話の双頭の神ヤヌスにちなみ、マルチモーダルな「理解」と「生成」を単一フレームワーク内で統合することを目指しています。特にそのアーキテクチャ設計は、AIエンジニアにとって示唆に富んでいます。
1. Janusの巧妙なアーキテクチャ
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“二心同体”:理解用と生成用の視覚エンコーダ分離(デカップリング) これがJanusシリーズ最大の核心。単一のTransformerアーキテクチャを使いつつ、視覚エンコーディングを「理解用(SigLIP)」と「生成用(VQ-VAEベースのLlamaGenトークナイザ)」に分離。なぜなら、理解は高次元のセマンティック表現を、生成はピクセルレベルの忠実な再現性を求めるため、要求する特徴の粒度が異なるからです。この分離と協調が、タスク間の競合を緩和し、それぞれの性能を最大化する鍵となります。最新版
Janus-Proでは、この設計思想を継承しつつ、学習戦略やデータ拡張で性能を向上させています。
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Rectified Flowの統合(JanusFlow):自己回帰言語モデルと生成モデリングの先端手法Rectified Flowを組み合わせることで、効率と品質の両立を目指しています。
2. Janusシリーズをどう活用する?
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プロンプトによる詳細制御:Janus-Pro-7Bで参照画像から詳細プロンプトを生成し、それを外部画像生成モデル(Flux)とLoRAで連携させるMimicPCのワークフローは、プロンプトを介した高度なモデル連携の一例。詳細な指示がJanusの性能を引き出します。
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デカップリングされたエンコーダの特性を活かす:理解タスクではSigLIP由来の大域的特徴を、生成タスクではLlamaGen/VQ由来の局所的特徴を意識することで、よりタスクに適した結果を得やすくなります。入力形式や期待される出力をこの特性に合わせて調整するのがコツです。
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指示チューニングによる対話能力強化:Janus-Proの学習ステージIIIでは指示チューニングデータでファインチューニングされ、対話能力が向上。チャットボットやインタラクティブな画像生成・編集システムへの応用が期待できます。
Janus-Pro-7BはMMBenchで79.2、GenEvalで80.0%と高いスコアを記録。オープンソース(MITライセンス)で商用利用も可能。ただし、画像解像度(384x384)や複雑なディテールの描写、一部理解タスクでのバイアスは現状の課題です。
II. マルチモーダルAIの未来を拓く:実践的側面とエンジニアの役割
これらの強力なモデルを実際に開発に組み込むには、APIの利用、計算資源の見積もり、そして倫理的な配慮が不可欠です。
A. API&SDK:モデルへの“接続口”
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Gemma 3 & MedGemma:Google AI Studio, Kaggle, Hugging Faceでモデルウェイトを提供。Vertex AI, Google GenAI API/SDK, NVIDIA NIMマイクロサービスなど多彩なアクセス経路。
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MMaDA:ByteDanceはMMaDAのコードと学習済みモデルをGitHubやHugging Faceでオープンソースとして公開。現時点では公式API/SDKの情報は明記されていませんが、ローカルでのGradioデモや推論スクリプトが提供されています。
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Janusシリーズ:Hugging Face経由でモデルをダウンロード可能。GitHubリポジトリではPython/PyTorchを用いた推論例やGradioデモが提供されています。
各モデルのライセンスと利用規約の確認は、AIエンジニアの必須作業です。
B. 計算資源:GPUメモリとの“闘い”
マルチモーダルAI、特に大規模モデルはVRAMを大量に消費します。AIエンジニアは賢いリソース管理が求められます。
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Gemma 3 27B:推論時、フル精度で約108GB、BF16で46.4GB、
4ビット量子化なら約20-21GBのGPUメモリ。RTX 4090 (24GB) 1枚でも量子化版なら現実的。ファインチューニングはさらに多くのメモリを要します。
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MedGemma:4Bのファインチューニングには40GB以上のメモリを持つGPU推奨。27Bの非量子化実行はColab Enterpriseレベル。
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MMaDA (8B):拡散モデルのため相応のリソースが必要。ByteDanceの関連14Bモデルで80GメモリGPU×8という情報も。
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Janusシリーズ:Janus-Pro-1BはラップトップGPUでも。7BはRTX 4090 (24GB VRAM)以上推奨。
量子化技術(INT4, SFP8など)の活用は、限られたリソースで大規模モデルを動かすための生命線。モデル提供側も量子化対応学習(QAT)などで精度劣化を抑える努力をしています。
III. 終わりに:マルチモーダルAIという“新たな筆”を手に
Gemma 3、MedGemma、MMaDA、Janusシリーズ――これらのマルチモーダルAIは、AIエンジニアにとって、かつてない表現力と問題解決能力をもたらす“新たな筆”です。それぞれのコアコンセプトを深く理解し、その特性に合わせた使い方を模索することで、これまで不可能だったアプリケーションやサービスが生まれるでしょう。